宮古島「陸自ミサイル部隊」配備を中心に北海道新聞が取材、連載記事「海と国境」宮古島編シリーズ。
- 2021/05/30
- 14:49
Ryukyuheiwaより:
北海道新聞の本田記者の取材記事「海と国境」は、島国日本の国境に位置する地域や島々の直面している課題を詳細に取材した壮大なシリーズです。
本田記者の取材に協力した、「下地島空港軍事利用」を阻止した闘い以来数十年の間宮古島で闘い続けているIさんが、1月から始まった宮古島編を一編ずつコメント付きでFBに投稿したものを順次掲載していきます。 22回に亘る予定です。
かっては「ソ連の脅威」を煽り、「北の備え」ソ連の侵略から国土を守ると称して道内各地に駐屯地や演習場が配備された、北海道の地元紙の視点から取材・掲載された貴重な連載記事です。
自衛隊+米軍による軍事要塞とされようとしている琉球弧の島々で闘われておられる皆さんに、ぜひ読んでいただきたいと思います! 「軍事ジャーナリスト」の講釈も知識の糧となるでしょうが、しっかりした視点を持たれたジャーナリストが取材された記事は闘うものにとって本物の糧となるでしょう!
23回全部の記事画像は:宮古島千代田陸自新基地建設工事・保良「弾薬庫・射撃訓練場」建設工事への抗議行動レポート(68)
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-1017.html に掲載しています。
宮古島編シリーズ362と363
これで宮古島編のシリーズは最終回となります。
北海道新聞の本田記者が、昨年から今年2月にかけて綿密な調査と取材をされた渾身のレポートです。
「対ソ連の冷戦」時代から、北海道では陸上自衛隊が配備され、長年自衛隊と向き合って来たからこその取材姿勢なのでしょう。
そういう意味では、沖縄もヤマトユーからアメリカユーと、軍隊と向き合って来たはずなのですが、まだ、離島への自衛隊配備に関する取り上げが消極的だと言わざるを得ません。
なのに、状況はこの締めくくりのレポートにもあるように「台湾有事」が声高になってきています。
宮古諸島・八重山諸島では、300年続いた人頭税の時代から、圧政に苦しめられて来たわけですが、今に至るまで、以下の記事中にあるように何度も打ち棄てられ、今後新たな戦争の危機の中で、米軍と一体化した自衛隊の軍事拠点として、特に宮古島千代田の駐屯地は「司令部」機能を発揮し、平時の訓練でも拠点基地として展開していくことが想定されます。
今回衆議院で強行採決された「重要土地調査規制法」は、宮古島(や琉球諸島)の基地に反対する住民を弾圧するための法律だとさえ言えるものです。なぜ、そんな法律を急いで成立させようとするのか?それは、「国が戦時が近づいていることを想定している」からに他ならないと考えるのが妥当です。
しかし、「戦争が近づいている」ことを、この国のどれだけの人々が感じているでしょうか?
全国のメディア、とりわけ沖縄県内のメディアには、戦争を止める使命感を持ってペンの力を発揮してもらいたいものです。


宮古島編シリーズ360と361
本田記者のこの宮古島編のレポートの〆は、米中「新冷戦」、台湾有事の危機へと入っていく。
ここに写真を並べたのは、今晩のNHKの特集番組「大国の狭間で」の何コマかの写真だ。
九州~沖縄にかけて、米中の対立の顕在化を背景に自衛隊の軍備強化と米軍との一体化が深化していることに着目する番組だった。NHKは、ニュースでも「中国の海洋進出」をさかんに強調しているが、ここに来て、「自衛隊基地」の取材番組が増えている。
民放では、自衛隊員の暮らしや隊員そのものに着目したオチャラケた番組なども増えている。
「国民に親しまれる軍隊」を定着させたい意向だろうか。
今日、郵便局で迷彩服の隊員に出会った。明らかに私用のようだった。出口を出てから私は声をかけた。
「自衛隊の方ですよね?」「はい。」「陸上自衛隊ですか?」と聞くと、もう遮るように「時間ありませんので」と答えないで車へ乗り込んで行った。
今日明日にも宮古島へ弾薬が搬入されるというこんな時期だからだろうか?市民と言葉を交わすな、と言われているのだろうか?
テレビ番組のように、海兵隊の指示で過酷な訓練を受けた陸自隊員は「達成感と絆」を強くして、戦闘意欲を高めているのだろうか。米軍のコマになる自衛隊なのに、、、







宮古島編シリーズ359
本田記者の綿密な取材によると、すでに、2005年の2プラス2で、「島嶼防衛」について日米は合意している。
宮古島で陰の防衛族が暗躍し、島民が跳ね返していた時期である。2012年、幕僚監部防衛計画部が作成した内部資料(共産党の穀田議員が入手、18年衆院外務委員会で取り上げた)によると、新たな陸自配備構想が図示されていた。
与那国、石垣、宮古、奄美と、事態は、その通りに進行している。
中国を封じ込め、その軍事力に対抗するため、琉球弧の島々がアメリカの対中防衛のための防波堤になる構想が現在進行形なのだ。
内部資料通りに、自衛隊は米軍の対中国への「歩哨」の役割を担い、「必要とあらば、阻止する(ために戦闘する)ことができる」のだ。そのために、今秋、日米両軍の大規模な共同訓練が、実戦訓練が、沖縄(おそらく宮古海域・陸上でも)で行われる予定だ。

宮古島編シリーズ358
以下記事中にあるように、米軍佐世保基地所属の掃海艇2隻が2007年6月、与那国へ入港。2009年4月には石垣島に入港している。日本政府は「友好親善」のためと言ったが、当時の駐沖縄米国総領事のケビンメア自身が後に「調査のためだった」と語っている。
実は、宮古島にも2010年9月21~24日まで佐世保配備の米海軍掃海艦ディフェンダーが平良港に入港を強行、4日間居座った。彼らは地元経済界等有志を招いて豪勢な食事会や航空自衛隊宮古島レーダー基地内で観月会をし、自衛隊と「友好親善」を行った。私達は、コンビニ弁当片手に抗議に明け暮れた
米軍は、宮古島のビーチで空き缶拾いのパフォーマンスをした。
「子ども達が触れて被弾していているのに、放置されたイラクの劣化弾拾わないの?」と私達は尋ねた。
2010年12月、「沖縄は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人でゴーヤーも栽培できないほど怠惰」と発言したケビンメアは今も、保守系国会議員や元幕僚長や防衛族で構成される日本の政策提言シンクタンク「日本戦略研究フォーラム」の特別顧問をしている。
このフォーラムの常任理事である長野俊郎なる人物は、2000年代初め頃伊良部島で自衛隊誘致に暗躍した人物である。
届出されている彼のコンサルタント事務所は市ヶ谷の防衛省の前である。2005年の「伊良部の動乱」の私達島民の決起で自衛隊誘致の画策は頓挫させたが、水面下の防衛族の動向が現在のミサイル部隊配備に繋がっている。

宮古島編シリーズ357
東平安名崎は日本百景の一つ、宮古島最大の観光スポットだ。前方は宮古海峡。300キロ北方に沖縄島南部がある。安全保障上の政治的なスポットでもある。
この海峡を通る中国艦船を狙い打ちにしようという防衛戦略により、宮古島に陸上自衛隊ミサイル基地が作られた。
射程距離200キロのミサイルを宮古島と沖縄南端から撃ち込めば、挟み撃ちにできるという構想だったらしいが、昨年から「敵基地攻撃能力」を持つためにさらに400キロだの1000キロだの、長距離射程の誘導弾を開発し、宮古島に配備するのだと言っている。
宮古海峡を通る云々は、すでに関係ない。中国大陸まで弾を飛ばせるようにするのだから!
もちろん、明らかに専守防衛の域は逸脱している。
違憲行動が平気で行われる国、平和憲法なんて骨抜きにとっくになっている。
その舞台が、この美しい景観の宮古島なのだ。


宮古島編シリーズ356
茨城県常陸太田、兵庫県神戸市、種子島、沖縄島恩納村、久米島、宮古島、石垣島、7ヶ所のうち5ヶ所は南の島々にある準天頂衛星みちびきの管制局。
日本でも開発中の超高速滑空弾、極超音速滑空弾の中間誘導に利用されるシステム。
迎撃が極めて難しいマッハ5以上の速さで長射程を飛ぶ。
どっからどうみても、専守防衛の範疇を超えた「超違憲兵器」だろうが!
「島嶼防衛戦というものは、ミサイル戦争の次の時代を見据えた新しい技術開発の実験場になっている」

宮古島編シリーズ355
天頂衛星みちびきのシステムを利用するのは、トラクターの自動操舵だけではもちろんない。
奄美、宮古島の陸自駐屯地に配備されたSSM(12式地対艦ミサイル)も、「敵基地攻撃能力」保有の軍事再編に沿って改変され、長距離射程になると、これまでの「慣性誘導方式」から、みちびき「測位衛星」を利用した「中間誘導」方式が必要となる。
他国の衛星に頼らなくて済むように、24年度中にはみちびきは7機体制になる予定だ。
さらに長距離を飛ぶ「超高速滑空弾」にもこの測位衛星の仕組みが必要となる。25年度中には、防衛省はこの高速滑空弾の実用化と部隊配備を予定している。宮古島への配備である。
このみちびきに、アメリカ国防総省の監視用センサーを搭載することが、2019年日米で合意している。それを、妨害する電子戦部隊の日中の応酬は与那国で行われるかもしれない。沖縄の私たちの島々が軍拡の舞台にされることを、止めなければならない!


宮古島編シリーズ354
少し前に、テレビで「下町ロケット」というドラマが人気を博した。あのドラマの中の「帝国重工」というのは、モデルは三菱重工で、様々な大企業の圧力に屈せず、物作りに励む町工場という設定で、私も見た覚えがあるが、あの町工場で作っていたのは、実はこの準天頂衛星みちびきの部品だったのだ。
ドラマの中では、スマホや農耕機械に位置情報を送って貢献する「GPS衛星」という設定だが、どっこい、実は非常に軍事的に機能する衛星であり、システムであることが、この後わかります。
米国の要請に応えて内閣官房が金を出して、飛ばしている衛星です。

宮古島編シリーズ353
漫画やアニメや映画の話ではない。現実の話である。ここに書かれている北海道新聞本田記者の取材記事は!
「宮古島に近づく戦争」?はあっ、と思っている人には、少しはイメージが具体的になるのではないか。
読んでいただきたい。これは空想ではなく、本田記者が政府防衛省へ取材した事実に基づく、今私たちを取り巻く現実の姿なのだ。
防衛省の基本的な考え方は、離島が侵攻された場合、
・木更津駐屯地からオスプレイ→長崎佐世保相浦駐屯地から水陸機動団
・宮古島では12式SSM地対艦ミサイルが敵艦の接近を阻止→中SAM地対空部隊も敵の巡航ミサイルや戦闘機を迎撃→上陸されたら航空機や艦船で制圧→水陸機動団や空挺部隊が奪還、だと!
「島嶼防衛用高速滑空弾」も防衛省は開発中。マッハ5以上の超音速の速さで、別の島から宮古島の敵へ向けて発射、上陸してくる敵部隊の真上で爆破し多数の金属の弾をばらまく。この新兵器が宮古島に置かれる。このイメージ図は、防衛省が示しているものだ。
宮古島市民の私たちはこれで納得していいのか?
私たちが、黙って容認することは、このような戦争・戦闘で、軍隊とともに心中する覚悟を持つことになる。
そして、この「戦争」は、南の島々にとどまるはずもない。

宮古島編シリーズ352
2016年当時参議院議員の糸数慶子さんが、質問主意書で安倍首相と石垣市への自衛隊配備に関して「保護計画」についてやり取りしているが、国は地方自治体に責任転嫁し、自治体は内閣府の「国民保護計画」に従っていて、具体的な避難計画などは何もない。この責任をあいまいにする対応は、原発政策でも同じだ。
本田記者はこのように結んでいる。
「駐屯地の隊員は2~3年で入れ替わるが、島民は国の責任回避の手段とも言える実効性の乏しい保護計画の下で、ずっと暮らしていかなければならない。」と。
そして、有事、不測の事態が起こると、島は戦場になり、島民が犠牲になるのだ。
2019年3月宮古島駐屯地が開設され、やって来た警備部隊はすでに2年が過ぎ、交代の移動が始まっている。彼らは定住するわけではないのだ。島民を「守るため」にやって来たなどとは、決して言うな!と移動する隊員を見て思う。

宮古島編シリーズ351
本文より
「…島外避難できなかった住民を、どう守るのか。その一つの手段として国際人道法に基づき、「無防備地区・非武装地区」を宣言する方法も考えられる。だが、ハードルは高い。…どちらの場合も首長ではなく、日本政府が判断しなければならない。…相手国の合意も必要となる。…無防備地区・非武装地区を宣言すると、攻撃を受けない一方で、日本も奪還作戦を含む軍事行動はできない。無防備地区の場合は、占領を認めることが前提となる。……」
無防備地区・非武装地区宣言は、非現実的な話だ。そんなことが成り立つなら、戦争や戦闘は回避できるわけで、ほとんど夢想だ。「国民保護計画」で離島の住民は守れないのだ。

宮古島編シリーズ350
有事に宮古島からも、石垣市からも、本土や沖縄島に避難するのに、10日以上かかるという。
そりゃあ、そうでしょう。それまで「敵の攻撃」は待ってくれるとでも?
沖縄戦から、日本軍=自衛隊が学んだことは、軍民混在の軍事戦略と戦術。そして今度は「敵」に侵略させて「奪還」するのだとか。そりゃあ、「国民保護計画」なんていらないし、できやしない。
「応援部隊が来るまで2週間持ちこたえろ」という自衛隊の論文もありましたね。島に一番先にやってくるのは、米軍である可能性が高い。
日米軍・民の混然一体の戦闘、先の沖縄戦と違う点は、かつては日本軍は米軍と戦って軍民共に死んだのだが、次の戦争では米軍の戦争に自衛隊が従軍し、軍民一体で死んでいくのだということ。

宮古島編シリーズ349
「下地島空港の軍事利用に反対する宮古郡民の会」の一員として2000年代当初から反対運動を続けてきたが、今や伝説と化している2005年の「伊良部の動乱」は忘れることができない。当時の主なメンバーの何名もがすでにこの世にいないことが時の流れを感じさせるが。以下の記事中にもあるが、半日で宮古島、伊良部島の住民3000名が、中学生からオジイ、オバアまでが会場を埋め尽くして結集し、自衛隊誘致を企んだ町議達を壇上に居並ばせ、島を売るな!と追及し企みを白紙撤回させた、まさに「直接民主主義の勝利」であったことを忘れることができない!
その14年後、なぜ、千代田の陸自基地建設を保良の弾薬庫建設を私たちは止めることができないのだろう?
2005年の「動乱」には背後に暗躍した東京からの防衛族と呼ばれる人々がいた。彼らはその基地誘致失敗の教訓を総括し、長い年月をかけて深く潜行して、権力の後ろ楯のもとで金と人を使い、島の軍事化を実現しようとしている。
一方、私たちはあの伝説的な勝利をその後に生かしきれない苦境になぜ立たされているのか?下地島空港の危機が再浮上しようとしている今、私たちはもう一度闘いの構築に向き合わねばならない!のではないか?
この中の、010ファイル「国策に翻弄される沖縄・宮古『下地島空港』」に、下地島空港を巡るこれまでの闘いの歴史の詳細を書いています。ご参照ください。
https://teyata1948.wixsite.com/heiwa
*このページの最下段にも掲載しています。
宮古島の被支配の歴史を知り、住民の闘いの歴史を学ぶ資料、ぜひご覧下さい!②
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-566.html

再掲:
「消えた自衛隊誘致」
2005年3月、宮古島・伊良部島の島民が決起、
町議会の「自衛隊誘致」決議を覆した「伝説の島民動乱」の記録。
報道特集「巨大滑走路にゆれる島」 2014年11月29日
宮古島編シリーズ348
下地島空港は、全国でも少ない3000m の滑走路を持つために、1979年の開港前から、40年以上軍事利用に狙われ続けてきた。
ミサイル基地建設反対運動が始まる前から、もう20年以上この下地島空港の軍事利用に反対する運動に取り組んできた歴史を共有するメンバーが会の中には何名もいる。
空自のレーダー基地、陸自のミサイル基地、海保の拠点港、宮古島の軍事要塞化総仕上げのメルクマールとなるのが空港だ。
国会でも、地元でも、下地島空港の自衛隊による軍事利用の動向が再浮上してきている。LCC路線を呼び込んだのは三菱地所。軍民共用空港にならないか?注視しなければならない。
この中の、010ファイル「国策に翻弄される沖縄・宮古『下地島空港』」に、下地島空港を巡るこれまでの闘いの歴史の詳細を書いています。ご参照ください。
https://teyata1948.wixsite.com/heiwa
*このページの最下段にも掲載しています。
宮古島の被支配の歴史を知り、住民の闘いの歴史を学ぶ資料、ぜひご覧下さい!②
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-566.html

宮古島編シリーズ347
本田記者の書いている通り、石垣も宮古島も(当時の)市長は、陸自基地建設とミサイル部隊配備容認を住民に対して説明責任を果たしていない。
特に宮古島では、建設ラッシュとクルーズ船の来島による「宮古島バブル」を背景に下地敏彦前市長は、専制的な放漫行政を行い、そのツケは市長選敗退という結果を生んだ。
いったん完成した基地を撤去させる闘いは今後も困難を極める。しかし、闘いの手を休めると歯止めなく軍備は増殖する。この陸自の琉球弧の島々への配備という現実をもたらした始まりは、「民主党政権」の時代だったことも忘れることはできない。

宮古島編シリーズ346
以下の記事中の問題点の指摘は、私達の保存しているデータによって、沖縄防衛局との直接交渉の場で明らかにし、追及してきた千代田の駐屯地内の未解決の課題だ。
千代田では、何も終わってはいない。大きな地震が発生したら、燃料タンクは?そのそばにある弾薬庫は?新たな事件事故が発生したら、1キロ以内にある野原集落は?日々被曝し続けているFPS7レーダーからの電磁波による健康被害は?
宮古島の軍事化に抗する闘いは「弾薬庫」だけではない!
千代田と野原の陸空の駐屯地=司令部機能を有する基地本体を問わなければならない。基地そのものを問わないで「弾薬庫建設」だけを課題にする人々もいるが、それでは核心的には闘えない。
下地島空港機能と、軍艦の入港する港湾機能と、サイバー部隊、宇宙軍部隊に欠かせない通信機能、長距離射程のミサイル、超高速滑空弾に寄与する(友利に二基目を追加建設中の)準天頂衛星管制施設など総体を見渡して、島ぐるみの基地反対運動を「島民が一丸となって」闘えなければ、宮古島には米軍と「戦争」がやって来る。

参考資料: 宮古島は大地震の巣窟であり、そして断層の島である。

2月28日の琉球新報紙面
宮古島編シリーズ345
宮古島千代田に騙し討ちのように建設された弾薬庫や保良に建設中の弾薬庫にも適用される「火薬類取締法」は、火薬類の製造、販売、貯蔵、運搬、消費その他の取扱を規制することにより、火薬類による災害や事故、災害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする法律で、1950年11月3日に施行。
もう70年以上も前に施行された法律で、当時は土木・建設工事に使用されるダイナマイトなどの火薬類が主に対象であった。基地内のミサイル弾薬庫などを想定してはいなかったはずだ。
弾薬庫の周辺の環境と備蓄量に規定されて、周辺住民の安全確保のため、取らねばならない保安距離が決まるのだが、軍事機密を理由に防衛省は備蓄量を明らかにしない。今やミサイルの弾頭や弾薬の威力は、その当時の比ではない。火薬類取締法は見直されるべきである。

宮古島編シリーズ344
記事中に、宮古島駐屯地の「保管庫には小銃弾や…」とあり、2019年に車両が配備された中距離多目的誘導弾の弾薬は、一旦搬入して保管したがバレたので、また搬出した、と苦しい言い訳をしているが、それは小銃などを保管している「第2級火薬庫」(小屋サイズの建物)とは別の、でかい覆土式の「火薬庫(弾薬庫)」のことであり、これは完成したときから「第1級火薬庫」であり、ミサイルの弾薬も保管できるものなのだ。
だから、保良の弾薬庫ができるまで搬出したというのはおかしい。
2020年3月には、千代田の駐屯地内には、対艦も対空もミサイル車両一式が配備されており、対空ミサイル部隊である第7高射特科群もやって来て看板も掲げており、弾薬だけ保良の弾薬庫ができるまで島外に持ち出すということは合理的ではない。
基地を守るための中距離多目的誘導弾の弾薬はもちろん、対空ミサイルの弾薬も、完成している千代田の第1級火薬庫に保管されていると考えるのが合理的な解釈である。
虚偽と隠蔽が常套手段である防衛省の説明は全く説得力がない!
そして、千代田の火薬庫(弾薬庫)は100m以内の距離に民家がある。
防衛省は、弾薬庫を保管庫だの貯蔵庫(与那国ではこう言っていた)だのと使い分け、宮古島千代田の住民説明会では、「火薬庫」に統一すると言ったが信用ならない。

宮古島編シリーズ343
まもなく、一年を迎えようとしている。宮古島へミサイル車両と部隊が押しかけて来て。
思えば、防衛省の地元地域の窓口である防衛局(私達は沖縄防衛局と)とは、基地建設の過程で交渉や要請や抗議や情報公開請求など様々なお付き合いしてきたが、言葉使いの官僚的な丁寧さ(慇懃無礼ともいう)とは裏腹に、全く住民の方に顔を向けてはいない。頭にあるのは、基地建設をいかに反対運動を抑えて進めるかだけ。そのためには「隠す」「嘘をつく」「誤魔化す」のだ。私達は体感してきた。
政府の出先機関だから政府の顔色伺うわけだが、辺野古問題でも、今回の米軍機の低空飛行問題でも、米軍の顔色を見て地域住民の側に決して立たない、主権国の気概もないこのような仕打ちはホントに情けない。
そして、基地が稼働始めると、運用は自衛隊部隊。今度は機密の塊だからまた「隠す」のだ。問答無用で住民の声など取り合わない。 だから、基地は作らせてはならない。

宮古島編シリーズ342
昨年12月宮古島市議会にて上里樹議員の質問に、下地敏彦前市長は「千代田への弾薬庫建設は知らなかった」ような回答をしている。しかし、それなら、前市長は約束違反だと防衛省に対して抗議すべきであったはすだ。
2月19日の上里清美さんFB投稿:
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1396547847356675&id=100010044180427
2017年12月宮古島市議会
上里樹市議の陸自配備への質問に対する下地敏彦元市長の答弁。
「地対艦誘導弾及び地対空誘導弾を保管する火薬庫、ヘリパッドを整備する計画はないとのことでありました。また、千代田カントリークラブの周辺に駐屯地を拡張しる計画もないということが示されております」
防衛省は、市長にも嘘をついた。基地配備目的の為に、市役所も市民も騙した防衛省は日米両政府の命令の下、宮古島を戦場に見立てた訓練を始めている。

北海道新聞の本田記者の取材記事「海と国境」は、島国日本の国境に位置する地域や島々の直面している課題を詳細に取材した壮大なシリーズです。
本田記者の取材に協力した、「下地島空港軍事利用」を阻止した闘い以来数十年の間宮古島で闘い続けているIさんが、1月から始まった宮古島編を一編ずつコメント付きでFBに投稿したものを順次掲載していきます。 22回に亘る予定です。
かっては「ソ連の脅威」を煽り、「北の備え」ソ連の侵略から国土を守ると称して道内各地に駐屯地や演習場が配備された、北海道の地元紙の視点から取材・掲載された貴重な連載記事です。
自衛隊+米軍による軍事要塞とされようとしている琉球弧の島々で闘われておられる皆さんに、ぜひ読んでいただきたいと思います! 「軍事ジャーナリスト」の講釈も知識の糧となるでしょうが、しっかりした視点を持たれたジャーナリストが取材された記事は闘うものにとって本物の糧となるでしょう!
23回全部の記事画像は:宮古島千代田陸自新基地建設工事・保良「弾薬庫・射撃訓練場」建設工事への抗議行動レポート(68)
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-1017.html に掲載しています。
宮古島編シリーズ362と363
これで宮古島編のシリーズは最終回となります。
北海道新聞の本田記者が、昨年から今年2月にかけて綿密な調査と取材をされた渾身のレポートです。
「対ソ連の冷戦」時代から、北海道では陸上自衛隊が配備され、長年自衛隊と向き合って来たからこその取材姿勢なのでしょう。
そういう意味では、沖縄もヤマトユーからアメリカユーと、軍隊と向き合って来たはずなのですが、まだ、離島への自衛隊配備に関する取り上げが消極的だと言わざるを得ません。
なのに、状況はこの締めくくりのレポートにもあるように「台湾有事」が声高になってきています。
宮古諸島・八重山諸島では、300年続いた人頭税の時代から、圧政に苦しめられて来たわけですが、今に至るまで、以下の記事中にあるように何度も打ち棄てられ、今後新たな戦争の危機の中で、米軍と一体化した自衛隊の軍事拠点として、特に宮古島千代田の駐屯地は「司令部」機能を発揮し、平時の訓練でも拠点基地として展開していくことが想定されます。
今回衆議院で強行採決された「重要土地調査規制法」は、宮古島(や琉球諸島)の基地に反対する住民を弾圧するための法律だとさえ言えるものです。なぜ、そんな法律を急いで成立させようとするのか?それは、「国が戦時が近づいていることを想定している」からに他ならないと考えるのが妥当です。
しかし、「戦争が近づいている」ことを、この国のどれだけの人々が感じているでしょうか?
全国のメディア、とりわけ沖縄県内のメディアには、戦争を止める使命感を持ってペンの力を発揮してもらいたいものです。


宮古島編シリーズ360と361
本田記者のこの宮古島編のレポートの〆は、米中「新冷戦」、台湾有事の危機へと入っていく。
ここに写真を並べたのは、今晩のNHKの特集番組「大国の狭間で」の何コマかの写真だ。
九州~沖縄にかけて、米中の対立の顕在化を背景に自衛隊の軍備強化と米軍との一体化が深化していることに着目する番組だった。NHKは、ニュースでも「中国の海洋進出」をさかんに強調しているが、ここに来て、「自衛隊基地」の取材番組が増えている。
民放では、自衛隊員の暮らしや隊員そのものに着目したオチャラケた番組なども増えている。
「国民に親しまれる軍隊」を定着させたい意向だろうか。
今日、郵便局で迷彩服の隊員に出会った。明らかに私用のようだった。出口を出てから私は声をかけた。
「自衛隊の方ですよね?」「はい。」「陸上自衛隊ですか?」と聞くと、もう遮るように「時間ありませんので」と答えないで車へ乗り込んで行った。
今日明日にも宮古島へ弾薬が搬入されるというこんな時期だからだろうか?市民と言葉を交わすな、と言われているのだろうか?
テレビ番組のように、海兵隊の指示で過酷な訓練を受けた陸自隊員は「達成感と絆」を強くして、戦闘意欲を高めているのだろうか。米軍のコマになる自衛隊なのに、、、







宮古島編シリーズ359
本田記者の綿密な取材によると、すでに、2005年の2プラス2で、「島嶼防衛」について日米は合意している。
宮古島で陰の防衛族が暗躍し、島民が跳ね返していた時期である。2012年、幕僚監部防衛計画部が作成した内部資料(共産党の穀田議員が入手、18年衆院外務委員会で取り上げた)によると、新たな陸自配備構想が図示されていた。
与那国、石垣、宮古、奄美と、事態は、その通りに進行している。
中国を封じ込め、その軍事力に対抗するため、琉球弧の島々がアメリカの対中防衛のための防波堤になる構想が現在進行形なのだ。
内部資料通りに、自衛隊は米軍の対中国への「歩哨」の役割を担い、「必要とあらば、阻止する(ために戦闘する)ことができる」のだ。そのために、今秋、日米両軍の大規模な共同訓練が、実戦訓練が、沖縄(おそらく宮古海域・陸上でも)で行われる予定だ。

宮古島編シリーズ358
以下記事中にあるように、米軍佐世保基地所属の掃海艇2隻が2007年6月、与那国へ入港。2009年4月には石垣島に入港している。日本政府は「友好親善」のためと言ったが、当時の駐沖縄米国総領事のケビンメア自身が後に「調査のためだった」と語っている。
実は、宮古島にも2010年9月21~24日まで佐世保配備の米海軍掃海艦ディフェンダーが平良港に入港を強行、4日間居座った。彼らは地元経済界等有志を招いて豪勢な食事会や航空自衛隊宮古島レーダー基地内で観月会をし、自衛隊と「友好親善」を行った。私達は、コンビニ弁当片手に抗議に明け暮れた
米軍は、宮古島のビーチで空き缶拾いのパフォーマンスをした。
「子ども達が触れて被弾していているのに、放置されたイラクの劣化弾拾わないの?」と私達は尋ねた。
2010年12月、「沖縄は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人でゴーヤーも栽培できないほど怠惰」と発言したケビンメアは今も、保守系国会議員や元幕僚長や防衛族で構成される日本の政策提言シンクタンク「日本戦略研究フォーラム」の特別顧問をしている。
このフォーラムの常任理事である長野俊郎なる人物は、2000年代初め頃伊良部島で自衛隊誘致に暗躍した人物である。
届出されている彼のコンサルタント事務所は市ヶ谷の防衛省の前である。2005年の「伊良部の動乱」の私達島民の決起で自衛隊誘致の画策は頓挫させたが、水面下の防衛族の動向が現在のミサイル部隊配備に繋がっている。

宮古島編シリーズ357
東平安名崎は日本百景の一つ、宮古島最大の観光スポットだ。前方は宮古海峡。300キロ北方に沖縄島南部がある。安全保障上の政治的なスポットでもある。
この海峡を通る中国艦船を狙い打ちにしようという防衛戦略により、宮古島に陸上自衛隊ミサイル基地が作られた。
射程距離200キロのミサイルを宮古島と沖縄南端から撃ち込めば、挟み撃ちにできるという構想だったらしいが、昨年から「敵基地攻撃能力」を持つためにさらに400キロだの1000キロだの、長距離射程の誘導弾を開発し、宮古島に配備するのだと言っている。
宮古海峡を通る云々は、すでに関係ない。中国大陸まで弾を飛ばせるようにするのだから!
もちろん、明らかに専守防衛の域は逸脱している。
違憲行動が平気で行われる国、平和憲法なんて骨抜きにとっくになっている。
その舞台が、この美しい景観の宮古島なのだ。


宮古島編シリーズ356
茨城県常陸太田、兵庫県神戸市、種子島、沖縄島恩納村、久米島、宮古島、石垣島、7ヶ所のうち5ヶ所は南の島々にある準天頂衛星みちびきの管制局。
日本でも開発中の超高速滑空弾、極超音速滑空弾の中間誘導に利用されるシステム。
迎撃が極めて難しいマッハ5以上の速さで長射程を飛ぶ。
どっからどうみても、専守防衛の範疇を超えた「超違憲兵器」だろうが!
「島嶼防衛戦というものは、ミサイル戦争の次の時代を見据えた新しい技術開発の実験場になっている」

宮古島編シリーズ355
天頂衛星みちびきのシステムを利用するのは、トラクターの自動操舵だけではもちろんない。
奄美、宮古島の陸自駐屯地に配備されたSSM(12式地対艦ミサイル)も、「敵基地攻撃能力」保有の軍事再編に沿って改変され、長距離射程になると、これまでの「慣性誘導方式」から、みちびき「測位衛星」を利用した「中間誘導」方式が必要となる。
他国の衛星に頼らなくて済むように、24年度中にはみちびきは7機体制になる予定だ。
さらに長距離を飛ぶ「超高速滑空弾」にもこの測位衛星の仕組みが必要となる。25年度中には、防衛省はこの高速滑空弾の実用化と部隊配備を予定している。宮古島への配備である。
このみちびきに、アメリカ国防総省の監視用センサーを搭載することが、2019年日米で合意している。それを、妨害する電子戦部隊の日中の応酬は与那国で行われるかもしれない。沖縄の私たちの島々が軍拡の舞台にされることを、止めなければならない!


宮古島編シリーズ354
少し前に、テレビで「下町ロケット」というドラマが人気を博した。あのドラマの中の「帝国重工」というのは、モデルは三菱重工で、様々な大企業の圧力に屈せず、物作りに励む町工場という設定で、私も見た覚えがあるが、あの町工場で作っていたのは、実はこの準天頂衛星みちびきの部品だったのだ。
ドラマの中では、スマホや農耕機械に位置情報を送って貢献する「GPS衛星」という設定だが、どっこい、実は非常に軍事的に機能する衛星であり、システムであることが、この後わかります。
米国の要請に応えて内閣官房が金を出して、飛ばしている衛星です。

宮古島編シリーズ353
漫画やアニメや映画の話ではない。現実の話である。ここに書かれている北海道新聞本田記者の取材記事は!
「宮古島に近づく戦争」?はあっ、と思っている人には、少しはイメージが具体的になるのではないか。
読んでいただきたい。これは空想ではなく、本田記者が政府防衛省へ取材した事実に基づく、今私たちを取り巻く現実の姿なのだ。
防衛省の基本的な考え方は、離島が侵攻された場合、
・木更津駐屯地からオスプレイ→長崎佐世保相浦駐屯地から水陸機動団
・宮古島では12式SSM地対艦ミサイルが敵艦の接近を阻止→中SAM地対空部隊も敵の巡航ミサイルや戦闘機を迎撃→上陸されたら航空機や艦船で制圧→水陸機動団や空挺部隊が奪還、だと!
「島嶼防衛用高速滑空弾」も防衛省は開発中。マッハ5以上の超音速の速さで、別の島から宮古島の敵へ向けて発射、上陸してくる敵部隊の真上で爆破し多数の金属の弾をばらまく。この新兵器が宮古島に置かれる。このイメージ図は、防衛省が示しているものだ。
宮古島市民の私たちはこれで納得していいのか?
私たちが、黙って容認することは、このような戦争・戦闘で、軍隊とともに心中する覚悟を持つことになる。
そして、この「戦争」は、南の島々にとどまるはずもない。

宮古島編シリーズ352
2016年当時参議院議員の糸数慶子さんが、質問主意書で安倍首相と石垣市への自衛隊配備に関して「保護計画」についてやり取りしているが、国は地方自治体に責任転嫁し、自治体は内閣府の「国民保護計画」に従っていて、具体的な避難計画などは何もない。この責任をあいまいにする対応は、原発政策でも同じだ。
本田記者はこのように結んでいる。
「駐屯地の隊員は2~3年で入れ替わるが、島民は国の責任回避の手段とも言える実効性の乏しい保護計画の下で、ずっと暮らしていかなければならない。」と。
そして、有事、不測の事態が起こると、島は戦場になり、島民が犠牲になるのだ。
2019年3月宮古島駐屯地が開設され、やって来た警備部隊はすでに2年が過ぎ、交代の移動が始まっている。彼らは定住するわけではないのだ。島民を「守るため」にやって来たなどとは、決して言うな!と移動する隊員を見て思う。

宮古島編シリーズ351
本文より
「…島外避難できなかった住民を、どう守るのか。その一つの手段として国際人道法に基づき、「無防備地区・非武装地区」を宣言する方法も考えられる。だが、ハードルは高い。…どちらの場合も首長ではなく、日本政府が判断しなければならない。…相手国の合意も必要となる。…無防備地区・非武装地区を宣言すると、攻撃を受けない一方で、日本も奪還作戦を含む軍事行動はできない。無防備地区の場合は、占領を認めることが前提となる。……」
無防備地区・非武装地区宣言は、非現実的な話だ。そんなことが成り立つなら、戦争や戦闘は回避できるわけで、ほとんど夢想だ。「国民保護計画」で離島の住民は守れないのだ。

宮古島編シリーズ350
有事に宮古島からも、石垣市からも、本土や沖縄島に避難するのに、10日以上かかるという。
そりゃあ、そうでしょう。それまで「敵の攻撃」は待ってくれるとでも?
沖縄戦から、日本軍=自衛隊が学んだことは、軍民混在の軍事戦略と戦術。そして今度は「敵」に侵略させて「奪還」するのだとか。そりゃあ、「国民保護計画」なんていらないし、できやしない。
「応援部隊が来るまで2週間持ちこたえろ」という自衛隊の論文もありましたね。島に一番先にやってくるのは、米軍である可能性が高い。
日米軍・民の混然一体の戦闘、先の沖縄戦と違う点は、かつては日本軍は米軍と戦って軍民共に死んだのだが、次の戦争では米軍の戦争に自衛隊が従軍し、軍民一体で死んでいくのだということ。

宮古島編シリーズ349
「下地島空港の軍事利用に反対する宮古郡民の会」の一員として2000年代当初から反対運動を続けてきたが、今や伝説と化している2005年の「伊良部の動乱」は忘れることができない。当時の主なメンバーの何名もがすでにこの世にいないことが時の流れを感じさせるが。以下の記事中にもあるが、半日で宮古島、伊良部島の住民3000名が、中学生からオジイ、オバアまでが会場を埋め尽くして結集し、自衛隊誘致を企んだ町議達を壇上に居並ばせ、島を売るな!と追及し企みを白紙撤回させた、まさに「直接民主主義の勝利」であったことを忘れることができない!
その14年後、なぜ、千代田の陸自基地建設を保良の弾薬庫建設を私たちは止めることができないのだろう?
2005年の「動乱」には背後に暗躍した東京からの防衛族と呼ばれる人々がいた。彼らはその基地誘致失敗の教訓を総括し、長い年月をかけて深く潜行して、権力の後ろ楯のもとで金と人を使い、島の軍事化を実現しようとしている。
一方、私たちはあの伝説的な勝利をその後に生かしきれない苦境になぜ立たされているのか?下地島空港の危機が再浮上しようとしている今、私たちはもう一度闘いの構築に向き合わねばならない!のではないか?
この中の、010ファイル「国策に翻弄される沖縄・宮古『下地島空港』」に、下地島空港を巡るこれまでの闘いの歴史の詳細を書いています。ご参照ください。
https://teyata1948.wixsite.com/heiwa
*このページの最下段にも掲載しています。
宮古島の被支配の歴史を知り、住民の闘いの歴史を学ぶ資料、ぜひご覧下さい!②
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-566.html

再掲:
「消えた自衛隊誘致」
2005年3月、宮古島・伊良部島の島民が決起、
町議会の「自衛隊誘致」決議を覆した「伝説の島民動乱」の記録。
報道特集「巨大滑走路にゆれる島」 2014年11月29日
宮古島編シリーズ348
下地島空港は、全国でも少ない3000m の滑走路を持つために、1979年の開港前から、40年以上軍事利用に狙われ続けてきた。
ミサイル基地建設反対運動が始まる前から、もう20年以上この下地島空港の軍事利用に反対する運動に取り組んできた歴史を共有するメンバーが会の中には何名もいる。
空自のレーダー基地、陸自のミサイル基地、海保の拠点港、宮古島の軍事要塞化総仕上げのメルクマールとなるのが空港だ。
国会でも、地元でも、下地島空港の自衛隊による軍事利用の動向が再浮上してきている。LCC路線を呼び込んだのは三菱地所。軍民共用空港にならないか?注視しなければならない。
この中の、010ファイル「国策に翻弄される沖縄・宮古『下地島空港』」に、下地島空港を巡るこれまでの闘いの歴史の詳細を書いています。ご参照ください。
https://teyata1948.wixsite.com/heiwa
*このページの最下段にも掲載しています。
宮古島の被支配の歴史を知り、住民の闘いの歴史を学ぶ資料、ぜひご覧下さい!②
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-566.html

宮古島編シリーズ347
本田記者の書いている通り、石垣も宮古島も(当時の)市長は、陸自基地建設とミサイル部隊配備容認を住民に対して説明責任を果たしていない。
特に宮古島では、建設ラッシュとクルーズ船の来島による「宮古島バブル」を背景に下地敏彦前市長は、専制的な放漫行政を行い、そのツケは市長選敗退という結果を生んだ。
いったん完成した基地を撤去させる闘いは今後も困難を極める。しかし、闘いの手を休めると歯止めなく軍備は増殖する。この陸自の琉球弧の島々への配備という現実をもたらした始まりは、「民主党政権」の時代だったことも忘れることはできない。

宮古島編シリーズ346
以下の記事中の問題点の指摘は、私達の保存しているデータによって、沖縄防衛局との直接交渉の場で明らかにし、追及してきた千代田の駐屯地内の未解決の課題だ。
千代田では、何も終わってはいない。大きな地震が発生したら、燃料タンクは?そのそばにある弾薬庫は?新たな事件事故が発生したら、1キロ以内にある野原集落は?日々被曝し続けているFPS7レーダーからの電磁波による健康被害は?
宮古島の軍事化に抗する闘いは「弾薬庫」だけではない!
千代田と野原の陸空の駐屯地=司令部機能を有する基地本体を問わなければならない。基地そのものを問わないで「弾薬庫建設」だけを課題にする人々もいるが、それでは核心的には闘えない。
下地島空港機能と、軍艦の入港する港湾機能と、サイバー部隊、宇宙軍部隊に欠かせない通信機能、長距離射程のミサイル、超高速滑空弾に寄与する(友利に二基目を追加建設中の)準天頂衛星管制施設など総体を見渡して、島ぐるみの基地反対運動を「島民が一丸となって」闘えなければ、宮古島には米軍と「戦争」がやって来る。

参考資料: 宮古島は大地震の巣窟であり、そして断層の島である。

2月28日の琉球新報紙面
宮古島編シリーズ345
宮古島千代田に騙し討ちのように建設された弾薬庫や保良に建設中の弾薬庫にも適用される「火薬類取締法」は、火薬類の製造、販売、貯蔵、運搬、消費その他の取扱を規制することにより、火薬類による災害や事故、災害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする法律で、1950年11月3日に施行。
もう70年以上も前に施行された法律で、当時は土木・建設工事に使用されるダイナマイトなどの火薬類が主に対象であった。基地内のミサイル弾薬庫などを想定してはいなかったはずだ。
弾薬庫の周辺の環境と備蓄量に規定されて、周辺住民の安全確保のため、取らねばならない保安距離が決まるのだが、軍事機密を理由に防衛省は備蓄量を明らかにしない。今やミサイルの弾頭や弾薬の威力は、その当時の比ではない。火薬類取締法は見直されるべきである。

宮古島編シリーズ344
記事中に、宮古島駐屯地の「保管庫には小銃弾や…」とあり、2019年に車両が配備された中距離多目的誘導弾の弾薬は、一旦搬入して保管したがバレたので、また搬出した、と苦しい言い訳をしているが、それは小銃などを保管している「第2級火薬庫」(小屋サイズの建物)とは別の、でかい覆土式の「火薬庫(弾薬庫)」のことであり、これは完成したときから「第1級火薬庫」であり、ミサイルの弾薬も保管できるものなのだ。
だから、保良の弾薬庫ができるまで搬出したというのはおかしい。
2020年3月には、千代田の駐屯地内には、対艦も対空もミサイル車両一式が配備されており、対空ミサイル部隊である第7高射特科群もやって来て看板も掲げており、弾薬だけ保良の弾薬庫ができるまで島外に持ち出すということは合理的ではない。
基地を守るための中距離多目的誘導弾の弾薬はもちろん、対空ミサイルの弾薬も、完成している千代田の第1級火薬庫に保管されていると考えるのが合理的な解釈である。
虚偽と隠蔽が常套手段である防衛省の説明は全く説得力がない!
そして、千代田の火薬庫(弾薬庫)は100m以内の距離に民家がある。
防衛省は、弾薬庫を保管庫だの貯蔵庫(与那国ではこう言っていた)だのと使い分け、宮古島千代田の住民説明会では、「火薬庫」に統一すると言ったが信用ならない。

宮古島編シリーズ343
まもなく、一年を迎えようとしている。宮古島へミサイル車両と部隊が押しかけて来て。
思えば、防衛省の地元地域の窓口である防衛局(私達は沖縄防衛局と)とは、基地建設の過程で交渉や要請や抗議や情報公開請求など様々なお付き合いしてきたが、言葉使いの官僚的な丁寧さ(慇懃無礼ともいう)とは裏腹に、全く住民の方に顔を向けてはいない。頭にあるのは、基地建設をいかに反対運動を抑えて進めるかだけ。そのためには「隠す」「嘘をつく」「誤魔化す」のだ。私達は体感してきた。
政府の出先機関だから政府の顔色伺うわけだが、辺野古問題でも、今回の米軍機の低空飛行問題でも、米軍の顔色を見て地域住民の側に決して立たない、主権国の気概もないこのような仕打ちはホントに情けない。
そして、基地が稼働始めると、運用は自衛隊部隊。今度は機密の塊だからまた「隠す」のだ。問答無用で住民の声など取り合わない。 だから、基地は作らせてはならない。

宮古島編シリーズ342
昨年12月宮古島市議会にて上里樹議員の質問に、下地敏彦前市長は「千代田への弾薬庫建設は知らなかった」ような回答をしている。しかし、それなら、前市長は約束違反だと防衛省に対して抗議すべきであったはすだ。
2月19日の上里清美さんFB投稿:
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1396547847356675&id=100010044180427
2017年12月宮古島市議会
上里樹市議の陸自配備への質問に対する下地敏彦元市長の答弁。
「地対艦誘導弾及び地対空誘導弾を保管する火薬庫、ヘリパッドを整備する計画はないとのことでありました。また、千代田カントリークラブの周辺に駐屯地を拡張しる計画もないということが示されております」
防衛省は、市長にも嘘をついた。基地配備目的の為に、市役所も市民も騙した防衛省は日米両政府の命令の下、宮古島を戦場に見立てた訓練を始めている。

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