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全国の闘う仲間にお笑いを! 「伝説の闘うエンターテイナー」ぶつはらゆきお

宮古島より:


闘いの中に笑いを提供し続けてきた”ぶつはらゆきお”のMCと反戦替歌ライブです。

 
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宮古島の反軍反基地の運動の下支えを、彼の流儀でやって来ました。この2012年のライブの数時間後に倒れ、闘病の末、2014年3月に召天しました。最後まで、宮古島の自衛隊配備と辺野古を心配していました。
 
墓も仏壇もいらない、宮古島の海の散骨してほしいとの遺言で、仲間により、宮古島を守ってねと、下地島空港の見える海へ骨は流されました。さあ、歌って、笑って、NO WAR!

全国の闘う仲間にお笑いを!」 「伝説の闘うエンターテイナー最期の反戦替歌”笑”ライブ」 
ぶつはらゆきお <宮古島映像PR>

https://youtu.be/3q6DcwnYLrE




BUTSUHARA with us ①
佛原行夫さん「名前のない新聞」連載エッセイ
http://amanakuni.net/Namaenonai-shinbun/butuhara/mokuji.html

BUTSUHARA with us ②
人民新聞「井上澄夫反乱考」
井上澄夫さん「反乱・考」投票でも非暴力直接行動でも反乱はできる 人民新聞2014年11月5日1531号

BUTSUHARA with us ③
201303けーし風[1]
2013.3けーし風

2013年2月24日に行われた、 
2.24愛す宮古市民ピースアクションコンサート
https://youtu.be/fCA2ffyQDkQ


20:00より佛原行夫さん

2.24 愛す宮古市民ピースアクション集会デモ
https://youtu.be/uSUX89tkpoQ


3:21より 与那国島イソバの会 稲川宏二さん


2015年1月16日 稲川宏二さんからのメール

先日は交流会をもっていただきありがとうございました。貴重なご意見また資料をいただき、いそばの会へのよいお土産になりました。ワイドーマラソンで感動もし本当にいい経験をしました。宮古人に感謝です。

2/22(日)住民投票が実施されますので、ぜひ上里さんに来島いただき、基地配備にともなう浮かれた話が出たらめであることを訴えていただきたいです。

今日おこなわれたレーダー電磁波による人体影響に関する住民説明会はひどいものでした。有識者の大久保は町民をバカにした物言いで、「WHOのデータを翻訳して説明しているだけだから納得できないといわれても私は知りません!」と言い放ち居直っていました。

防衛省の説明も「安全基準にのっとってレーダーを製造配備しますので安心です。」と。現役の空自、陸自の自衛官も「私を含め全隊員電磁波により健康を害した者はいません!」と。

「あたりまえやろ~」「何人かは病気になりました。」とか「もし健康を害されましたら補償いたします。」なんていうはずがないやろ!

しかし、私たちが要求し開催された説明会なので最後まで座って聞いてました。会場の大半を占めた与那国防衛協会の方々の拍手を聞きながら、ため息を飲みこみお腹いっぱいになりました。

話は変わって佛原行夫さんのエッセイ読みました。「ウ~ン!」と唸りっぱなしでした。私は若い時から「稲ちゃんてほんま変わったやつやな~」と言われてきました。

まわりはちょっと呆れてたんやと思いますが、ぼくにとってはほめ言葉!「お前らといっしょにされてたまるかい!」って感じで浮いてる状態が大好きでした。

大阪に見切りをつけ与那国で新たな人生を歩んでいますが、なんかたりひんとこがあったんです。みつけました!ぶっちゃんの「するどいボケ!」です。大阪に生まれ育った私は「ボケてなんぼ!」なんですわ!。

与那国にはつっこみがいてへんし、自分も共通語しゃべってるし、ボケようが無いんです。だからこのエッセイめちゃくちゃおもろかったです。なかじまらもの数倍ぶっ飛んでます。もっと佛原行夫さんにからみたかった!欲を言えば大阪で出会いたかった!

しかしワイドーマラソンでくたびれた身体に元気が注入されました!ありがとうございます!最後にアントニオ猪木ばりに「宮古のみなさん元気ですか~!」これからもよろしくです。

稲川宏二


ぶっちゃん、海になる    
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2014年11月2日、
佛原行夫の骨は、彼の望んだとおりに宮古島の海に還しました。

2012年9月に倒れ、10月に判明した胃ガン。胃の出口をふさいでいたので、12月に手術、2013年2月に退院、抗がん剤などしないで、小さな菜園で草を刈り、野菜を育てる穏やかな時間を大事に過ごしていました。8月には、ギターを抱えて、普天間基地の野嵩ゲート前の座り込みに参加し、お得意の「お笑い反戦替え歌」で、参加者に笑ってもらったと喜んでいました。

11月には、防衛省の戦争訓練で、初めて宮古島に陸揚げされた地対艦ミサイルに反対し、その軍用車列の前に座り込み、制服警官に排除される際に、「轢くなら、轢かんかい!俺はどうせ死ぬんじゃ!」と凄んでみせました。

12月に再発、腹膜に転移。末期と告げられ2ヶ月の入院生活。当初は「エリッククラプトン聴きながら、お尻に麻薬。最高やね」と余裕かます日々もありましたが、その後は激痛や吐き気に耐え、亡くなる3月26日までの1ヶ月半は希望どおり自宅で療養し、亡くなる前日まで、病床の我が身さえ「笑いのネタ」にして、私や友人たちと話していました。

かねてから彼の希望は、「坊主の読経も、墓も、仏壇もいらん」でした。昔は、過激に「骨は燃えないゴミに出してくれ」(※燃やした骨が燃えないゴミ、とはこれ如何に?!)でしたが、遺言では「宮古の海にでも撒いて」とちょっと表現が浪漫?的になりました。

11月1日散骨イベント初日、大阪の友人で、伝統木工芸の職人さんであるDさんが自作してくれた、お骨を砕く(※私は「粉骨砕身」器と呼んでいます)木製の杵様の素敵な道具を使って、数名で骨を砕いて細かくしました。「この粉骨砕身器は特許もんやね」「散骨請負業できるんとちゃう?」「ぶっちゃんの大腿骨は実に立派な大きさやなあ」などと、私たちは彼の友人にふさわしく!不謹慎な発言を口々にしながら、砕いた骨をこれまた帆布のような立派な布で作っていただいた素敵な袋に入れました。

さて、どうやって海に流すか、これが難題でした。前例もなし、マニュアルもなしの散骨イベントです。知恵を結集してできたのが、月桃の葉っぱで、笹舟ならぬ月桃舟。月桃の葉を刈ってきては、みんなで幾十も10~15cmくらいの舟を作りました。

11月2日散骨イベント本番、参集して下さった50余名のみなさん。身内、島外の友人たち、彼が主宰していたヨガ教室の生徒さんたち、宮古の反戦運動仲間、近隣の人たちが連れ立って、徒歩で海岸に向かいます。彼が毎日、愛犬ゴンちゃんと散歩した広大なサトウキビ畑を通り抜ける道は途中から舗装が切れ、車椅子のSさんには恐怖のデコボコ道となり、畑のスプリンクラーが回っているそばでは、罰ゲームみたいにいきなり水浸しになる人も続出。海に続くこの道に、だあれもいなくてよかったのですが、大笑いしながら歩く子連れ、犬連れの老若男女の集団は、他所からは怪しげに見えたかも…です。
  
海岸に到着。散骨が潮流に乗るように、少しでも沖合に出そうと、ゴムボートを持参。小分けして砕骨を乗せた月桃舟を、50余名のみなさんが一人づつお花とともにゴムボートに乗せてくれます。胸まで浸かりながら海に入った6名がボートを押しました。
  
ボートから一つ一つ、月桃舟と花びらと交互に流しました。浜辺では、アフリカ音楽をする若い友人がジャンベ太鼓を叩きます。海に浸かって、歌を唄う人も。
  
前方の視界は、9割の広い空と1割の碧青の海。佛原行夫の灰になった身体が潮にのまれて流れていきます。不意に落ちた私の涙も、潮と混ざって流れていきます。
  
なんと自然な所作だろう、海に還すというこの行為が、こうあるべくずっとずっと昔から約束されていたことのように私には思えました。
  
アフリカ太鼓の音が木魚に似て、中島みゆきの曲の歌声が御詠歌に似て、心地良く脳内を刺激し、瞑想に没入するときのようで、そのとき、その海辺は不思議な神秘的な感覚に包まれた時間と空間でした。

  
このあと私たちは、満杯で我が家の床が抜けるのを心配しながら、次々登場する“ミュージシャン”兼聴衆による「追悼ライブ」に盛り上がり、最期は河内音頭の唄と演奏、乱舞で締めとなった3時間でした。

  
と、ここで報告が終わると、「そんなに感動的にしんみりタッチで終わってどないするねん」「笑うとこ少ないやないか」「オチもないやんか」と、あの世からクレームが来そうなので、四十九日までの間に起こった摩訶不思議な騒動をチョイとばかりお話しましょう。
  
散骨までは、骨箱の前に花を飾る以外には、一切の仏式の作法は無視していましたが、数えてみると初七日に当たる日の夜に、我が家の門前に現れた子犬。手足も顔も長く、どことなく似てるやないですか。家に入れると爆睡。人懐こい可愛い子犬ですが、我が家にはすでに犬も猫も熱帯魚もいます。翌日、アフリカ太鼓の一家に引き取ってもらいました。
  
その数日後、彼が畑で栽培していた人参を9本引き抜いてきて、お盆に乗せて「ほおら、こんなに育ってたよ」と、骨箱の前に置いて就寝、翌朝見ると5本に減っています。「ええっ?持っていったんか?あの世に?」その夜、猫が逃げ出すので、その場所を覗くと、囓られた人参の残骸発見。猫が逃げ出すからネズミではない齧歯類の生物と考えられますが、その後、正体不明のまま迷宮入り。

それから数日後の5月3日、外出から戻って玄関を開けると、廊下を何やら長いものがくねくねと…!ヒャァ、2.5mもある大蛇です。近所の知人を呼んで生け捕り、遠方の薮に逃しました。ところがその6日後、朝、障子を開けると、また廊下にくねくねと!「ええっ、戻ってきたの?!」よく見ると前のよりさらに長く3mはある別の蛇。建築中の隣家の大工さん(全然知らない人)に助けを求めて、ゲットしてもらい、再度遠くへと。
私は骨箱に向かって言いました。「もう、いい加減にしいや!」

彼は、みなさんご承知のように、宮古へ移り住む前、大阪で「野生生物協議会」という大げさな名称の集まりを持ち、「紙ヒコーキ」という頼りなさげな名称の通信に、原稿を書き、笑いを取っていました。

この「野生生物協議会」の面目躍如たる、あの世からの一連の悪ふざけだと私は思いました。嘆きの私への温かい励ましの化身なのでしょう。けど、蛇はアキマセン。

ゴンちゃんと毎朝夕散歩していると、必ず鳥が飛んで来ます。遠くの樹や電線に止まっていても、必ず視界に入ります。蝶も毎日舞って来ます。あるときは私の鼻の上に止まりました。「ええなあ、何にでも化けられて」と話しかけてしまいます。

やっぱり私は正気を失っているのでしょう。ぶっちゃんがそんな小鳥や蝶などの可愛げな生物に化身すると考えるなんて。
  
「何をゴチャゴチャ言うてるんや」って? 「しかも、このタイトルの『ぶっちゃん、海になる』は、『ノンちゃん、雲に乗る』のパクリやろう」って?
  
君こそ、あの世からゴチャゴチャ言わんと、ゆっくりお休み~~~~
                               
宮古島より 清水早子




佛原行夫さんの友人たちが企画、4月17日に大阪で。
今年の(2016年)3月26日で、没後2周年でした。

仏原さん偲ぶ会ビラ


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Author:ryukyuheiwa

(2017年1月20日より)

「平和な島に自衛隊・米軍はいらない!」

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奄美・与那国・宮古・石垣への自衛隊の配備に反対します。。


自衛隊と米軍は一体、離島の闘いに連帯を! 琉球弧での陸海空自衛隊の軍事要塞化への動きは、辺野古新基地建設とつながっています

2015年2月27日「下地島空港を軍事利用しないよう求める」県庁前集会


全国の闘う仲間にお笑いを! 「伝説の闘うエンターテイナー」
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ブログ記事へ:「伝説の闘うエンターテイナー」ぶつはらゆきお
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-194.html

稲川宏二さん 与那国島からの報告2016年「宮古島・石垣島の自衛隊配備を止めよう!3・30東京集会」で


ブログ記事へ:与那国イソバの会の共同代表の稲川宏二さんを悼んで
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-118.html

真喜志好一さんが動画をアップしました!
「1966年~2015年沖縄の真実」



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石垣島「住民の会」のチラシ4号

石垣住民の会チラシ4号01
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3.19宮古島はどうなる?講演会実行委員会のチラシ

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宮古島平和運動連絡協議会のチラシ
0812チラシ表

0812チラシ裏