石垣島に陸自ミサイル部隊が配備されるなら、隣の竹富町の島々(波照間島、西表島など)も危ない!
- 2017/06/30
- 23:46
西表島より:
関連記事:保守系町長が誕生した竹富町で初の県防災訓練、9月3日に島民2,000名の西表島に420名の自衛隊が出動。
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-191.html
関連記事:保守が八重山の首長完全制覇、竹富町長に西大舛氏が初当選。先島への自衛隊配備に影響?
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-185.html
かっては石垣市と違って「オスプレイ配備反対」の幟を役場に掲げていた竹富町、
町長が変わったら「自衛官募集」の懸垂幕。
「竹富町出身の自衛官は全国で3人しかいない」 良いじゃないか!

6月17日の八重山日報紙面
6月17日 八重山日報
自衛官募集で懸垂幕 初めて竹富町役場に

竹富町役場に自衛官募集の懸垂幕が設置された=16日午後、町役場
自衛隊沖縄地方協力本部石垣出張所(大濱竜也所長)は16日、竹富町役場に「特別職国家公務員自衛官募集 求めています若い力を」と記した懸垂幕を設置した。町役場に自衛官募集の懸垂幕が設置されるのは初めて。西大舛高旬町長も出席した。
大濱所長は自衛官の募集状況について「環境は厳しい。竹富町出身者は全国で3人しかいない。1人でも多く獲得したい」と意欲をみせた。7月13日から開かれる自衛官募集説明会については「話を聞いて興味を持ってほしい」と述べた。

4月18日の八重山毎日紙面 西表(竹富町)の方より
石垣島に陸自が配備されれば、西表島を始め竹富町の島々は訓練場は出来なくとも、
隣の石垣駐屯地や全国から「防災訓練」「実動訓練」の最適な訓練地とされるでしょう。
西表島では某町議が島西部の振興策として白浜への「海保の基地誘致」を提案。(かっては舟浮や白浜などに日本軍要塞がありました)
以前から狙われている現在使用されていない空港のある最南端の有人島「波照間島」の軍事利用計画が背後で進行?
竹富町長が変わったら:
鶴保沖縄担当相が波照間島訪問。
大型高速船就航に加えて波照間航空路線の再開など、波照間島への振興策が。

6月27日の八重山毎日紙面 西表(竹富町)の方より
6月17日 八重山毎日
石垣ー波照間 大型高速船、9月就航予定
国交省が航路改善計画内諾
石垣ー波照間航路に大型高速船の導入を目指している竹富町の西大舛髙旬町長は16日、同船の導入に必要な航路改善計画に「国土交通省による内諾を頂いた」と述べた。町議会6月定例会最終本会議の開会前に報告した。
町によると、就航は9月を予定。導入される大型高速船は、県外企業から買い取る中古の双胴客船。総トン数は284㌧で定員は240人。石垣ー波照間間を約1時間15分で結ぶ。同計画が国交省の内諾を得たことで、今後、エンジンの積み替えなど改修作業が行われる。
西大舛町長は「この一報を心待ちにしていた船会社も早期就航に向けて一気に動きだしたという報告も受けている」と述べ、「就航率の改善や揺れの低減、乗客数の増加が見込まれ、利便性の向上が期待できる」と話した。
14日の同議会一般質問で同航路について取り上げた町議で、波照間公民館長も兼ねている東迎一博氏は「町長をはじめ、関係各位の努力に感謝したい」と礼を述べた。
6月21日 QAB News「慰霊の日リポート(3)安東丸」より:
石垣島在住の川平永光さんは、西表島西部の廃村となった網取集落出身。父親の永美さんから安東丸のことを聞かされていた。」
川平永光さん「(Q安東丸という言い方は(お父さんの)永美さんはなさっていましたか?)その船の名前もはっきり言ってね、穀類を一杯積んできて、これみんな(軍隊が)没収したというものもはっきりしている。これを自分(父)たちが運んだということもはっきりしてるんですよ」
その後、乗組員たちはどうなったのでしょうか。乗組員たちは、舟浮要塞の陣地構築や、弾薬運びなど、危険な労働作業を強いられていたと言います。
大田静男さん「食料はわずかお粥のようなものを茶碗の一杯ぐらいづつ、本当にみじめな食事だったというふうに、それを見ていた西表の人たちが話されておりました」
そして終戦前後、安東丸の乗組員たちは西表島でも陸の孤島といわれる鹿川に、日本軍によって放置されたということです。
川平永光さん「実は父から、そこに骨があると言われたもんだから、向こうで3回くらいキャンプしていますね。頭の骨とか、ほかもあったもんだから、何体とは数えなかったね、あの時は。とにかく数としては割とありました」
川平永光さん「(Q酷使されて、最終的に鹿川に連れていかれて放置されたという言い方はされていましたか?それは(お父さんの)永美さんもそういう話は?)そういう話はしていました」
戦後72年、石垣島と八重山諸島は自衛隊の配備計画に揺れています。
大田静男さん「ここは舟浮要塞が造られた場所です。戦前の軍隊のやってきたものと、現在行っている自衛隊配備計画とは、何も変わっていないということですね。歴史の教訓から本当に学んでいるのかと言いたいですね」
戦後72年を経ても、船の残骸は今も海に残っています。
西口公章さん「民間の普通の人がですよ、家族がいるのに引っ張られて行って、おまけに武器もない船に乗せられて、そういう目にあったということを知らないですよね、みんなね」
川平永光さん「葬ってあげたいなという感じはしますね、これは人間として。父から、こういう人たちの骨だよと聞かされていますし、現に、私自身も見ているしね」
戦争で犠牲となった名もなき人たち。どこで生まれ、育ち、家族もあったであろう人たち。異国の地で、無残な最期を迎えた安東丸の人たちの無念は、けして埋もれさせてはいけません。
西口公章さん「誰かがやっぱりこういうのを記録しておかないと。もうその人たちの人生、何かと思いますもんね」
菅官房長官の覚えめでたい西大舛竹富町長

2月11日の八重山日報紙面
2月11日 八重山日報
国境離島の振興要請 西大舛町長、菅長官に 竹富町
竹富町の西大舛高旬町長は8日、首相官邸を訪れ、日本最南端の有人国境離島となる波照間島の排他的経済水域の根拠となる低潮線を活用する振興策など4項目を菅義偉内閣官房長官に要請した。東京入りしての国への要請は同町長就任後2度目。
要請項目は▽波照間航空路線の再開▽海底送水管敷設に伴う財政支援▽電線類地中化の推進▽海洋基本法に基づく施策を実施するために必要な財源確保に関する特別措置法の創設―の4項目。
関連記事:保守系町長が誕生した竹富町で初の県防災訓練、9月3日に島民2,000名の西表島に420名の自衛隊が出動。
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-191.html
関連記事:保守が八重山の首長完全制覇、竹富町長に西大舛氏が初当選。先島への自衛隊配備に影響?
http://ryukyuheiwa.blog.fc2.com/blog-entry-185.html
かっては石垣市と違って「オスプレイ配備反対」の幟を役場に掲げていた竹富町、
町長が変わったら「自衛官募集」の懸垂幕。
「竹富町出身の自衛官は全国で3人しかいない」 良いじゃないか!

6月17日の八重山日報紙面
6月17日 八重山日報
自衛官募集で懸垂幕 初めて竹富町役場に

竹富町役場に自衛官募集の懸垂幕が設置された=16日午後、町役場
自衛隊沖縄地方協力本部石垣出張所(大濱竜也所長)は16日、竹富町役場に「特別職国家公務員自衛官募集 求めています若い力を」と記した懸垂幕を設置した。町役場に自衛官募集の懸垂幕が設置されるのは初めて。西大舛高旬町長も出席した。
大濱所長は自衛官の募集状況について「環境は厳しい。竹富町出身者は全国で3人しかいない。1人でも多く獲得したい」と意欲をみせた。7月13日から開かれる自衛官募集説明会については「話を聞いて興味を持ってほしい」と述べた。

4月18日の八重山毎日紙面 西表(竹富町)の方より
石垣島に陸自が配備されれば、西表島を始め竹富町の島々は訓練場は出来なくとも、
隣の石垣駐屯地や全国から「防災訓練」「実動訓練」の最適な訓練地とされるでしょう。
西表島では某町議が島西部の振興策として白浜への「海保の基地誘致」を提案。(かっては舟浮や白浜などに日本軍要塞がありました)
以前から狙われている現在使用されていない空港のある最南端の有人島「波照間島」の軍事利用計画が背後で進行?
竹富町長が変わったら:
鶴保沖縄担当相が波照間島訪問。
大型高速船就航に加えて波照間航空路線の再開など、波照間島への振興策が。

6月27日の八重山毎日紙面 西表(竹富町)の方より
6月17日 八重山毎日
石垣ー波照間 大型高速船、9月就航予定
国交省が航路改善計画内諾
石垣ー波照間航路に大型高速船の導入を目指している竹富町の西大舛髙旬町長は16日、同船の導入に必要な航路改善計画に「国土交通省による内諾を頂いた」と述べた。町議会6月定例会最終本会議の開会前に報告した。
町によると、就航は9月を予定。導入される大型高速船は、県外企業から買い取る中古の双胴客船。総トン数は284㌧で定員は240人。石垣ー波照間間を約1時間15分で結ぶ。同計画が国交省の内諾を得たことで、今後、エンジンの積み替えなど改修作業が行われる。
西大舛町長は「この一報を心待ちにしていた船会社も早期就航に向けて一気に動きだしたという報告も受けている」と述べ、「就航率の改善や揺れの低減、乗客数の増加が見込まれ、利便性の向上が期待できる」と話した。
14日の同議会一般質問で同航路について取り上げた町議で、波照間公民館長も兼ねている東迎一博氏は「町長をはじめ、関係各位の努力に感謝したい」と礼を述べた。
6月21日 QAB News「慰霊の日リポート(3)安東丸」より:
石垣島在住の川平永光さんは、西表島西部の廃村となった網取集落出身。父親の永美さんから安東丸のことを聞かされていた。」
川平永光さん「(Q安東丸という言い方は(お父さんの)永美さんはなさっていましたか?)その船の名前もはっきり言ってね、穀類を一杯積んできて、これみんな(軍隊が)没収したというものもはっきりしている。これを自分(父)たちが運んだということもはっきりしてるんですよ」
その後、乗組員たちはどうなったのでしょうか。乗組員たちは、舟浮要塞の陣地構築や、弾薬運びなど、危険な労働作業を強いられていたと言います。
大田静男さん「食料はわずかお粥のようなものを茶碗の一杯ぐらいづつ、本当にみじめな食事だったというふうに、それを見ていた西表の人たちが話されておりました」
そして終戦前後、安東丸の乗組員たちは西表島でも陸の孤島といわれる鹿川に、日本軍によって放置されたということです。
川平永光さん「実は父から、そこに骨があると言われたもんだから、向こうで3回くらいキャンプしていますね。頭の骨とか、ほかもあったもんだから、何体とは数えなかったね、あの時は。とにかく数としては割とありました」
川平永光さん「(Q酷使されて、最終的に鹿川に連れていかれて放置されたという言い方はされていましたか?それは(お父さんの)永美さんもそういう話は?)そういう話はしていました」
戦後72年、石垣島と八重山諸島は自衛隊の配備計画に揺れています。
大田静男さん「ここは舟浮要塞が造られた場所です。戦前の軍隊のやってきたものと、現在行っている自衛隊配備計画とは、何も変わっていないということですね。歴史の教訓から本当に学んでいるのかと言いたいですね」
戦後72年を経ても、船の残骸は今も海に残っています。
西口公章さん「民間の普通の人がですよ、家族がいるのに引っ張られて行って、おまけに武器もない船に乗せられて、そういう目にあったということを知らないですよね、みんなね」
川平永光さん「葬ってあげたいなという感じはしますね、これは人間として。父から、こういう人たちの骨だよと聞かされていますし、現に、私自身も見ているしね」
戦争で犠牲となった名もなき人たち。どこで生まれ、育ち、家族もあったであろう人たち。異国の地で、無残な最期を迎えた安東丸の人たちの無念は、けして埋もれさせてはいけません。
西口公章さん「誰かがやっぱりこういうのを記録しておかないと。もうその人たちの人生、何かと思いますもんね」
菅官房長官の覚えめでたい西大舛竹富町長

2月11日の八重山日報紙面
2月11日 八重山日報
国境離島の振興要請 西大舛町長、菅長官に 竹富町
竹富町の西大舛高旬町長は8日、首相官邸を訪れ、日本最南端の有人国境離島となる波照間島の排他的経済水域の根拠となる低潮線を活用する振興策など4項目を菅義偉内閣官房長官に要請した。東京入りしての国への要請は同町長就任後2度目。
要請項目は▽波照間航空路線の再開▽海底送水管敷設に伴う財政支援▽電線類地中化の推進▽海洋基本法に基づく施策を実施するために必要な財源確保に関する特別措置法の創設―の4項目。
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